2021.01.01
最新更新情報
心を豊かにするために無印良品でおやつをたくさん買い込みました。
バームクーヘンがおいしいです。
でも個人的なイチオシは桜とほうじ茶のチョコレート。
季節限定商品だと思われますので早めにご賞味あれ。
<このblogのご利用方法>
当日分の記事、過去の記事を問わず、書きたくなった日のエピソードを気ままに執筆します。
しばらくの間はこのような変則的かつ自由奔放なスタイルで更新作業をさせていただきます。
最新更新記事につきましてはこちらの履歴を参考になさってください。
来訪者様にはご不便をおかけいたします。
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更新履歴
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2月23日(木) 過去記事更新
1月20日「あなたになりたい、なりたかった」
前の記事を受けて執筆する形式が続いています。
これはシリーズものの連載なのか。
2月22日(水) 過去記事修正
1月19日「くまもうさぎも好きだから」
文章の流れに違和感があったため大幅に改稿しました。
内容に変更はありません。
ばかばかしいことを真面目に話すのは精神的な重労働ですね。
2月17日(金) 過去記事更新
1月19日「くまもうさぎも好きだから」

2012.01.20
あなたになりたい、なりたかった
まるで昨日のことのように、一つの記憶が鮮明に蘇ってきました。
我が身から噎せ返るほど濃厚な嫉妬の香りを振りまいていた時分――
お付き合いのあった創作仲間の方にとんでもなくわがままな要求を突きつけたことがありました。
「妬いてしまうので友達や恋人の話をweb日記でしないでください」と。
薄気味悪いほど幼稚なあまゆいの言動を辛抱強く見守っていてくださったblog読者のみなさまもこれには開いた口がふさがらないでしょう。
ランドセルの似合う年頃の子の発言ならまだかわいらしく思えたかもしれません。
ところが残念なことに、わたしは小学生女子でも大崎ナナでもありませんでした。
当時にしてすでに彼女らよりも年長であった者がこんなだだをこねたのです。
イタイタしいことこの上ない。
その方と共通の知人である、良識あるお姉様からは「あなた自身は友達や恋人の話を日記に載せているのに他の人にそれを禁じる理由がわかりません」と苦言を呈されました。
わたしは言葉に詰まりました。
あのころは自分で自分の気持ちを掴めていなかったのです。
でも今ならその心理と行動の意味を説明することができる気がしますよ。
わたしは周りに追いつきたかっただけなのです。
自分専用のパソコンを所有してネットを始める年齢になるまで、他者と親しく交流したこともなければ創作活動で目立った成果を上げたわけでもない。
同じ趣味を持つ者同士であっても、わたしと彼らの立場はけっして対等ではなかったのです。
自分は余所様より百歩も二百歩も遅れているのだという意識に常に苛まれていました。
やたらめったらプライドの高いわたしにとってその事実は歯がみするほど悔しいものであったし、こうしている間にもどんどん差を広げられているのだという焦りがさらに精神を追いつめたのでした。
何より強烈だったのは「早くしないと先へ行っている方々に欲しかったものをみんな奪われてしまう。自分のことを好きになってくれるはずだった人までをも奪われてしまう」という思い込みです。
押し寄せる不安と恐怖の波は正常な判断力を失わせました。
わたしは彼らの生き様を模倣しようとしました。
彼らの歩んできた道筋をなぞれば彼らと同じ存在になれるような気がしたからです。
心の片隅には疑問を投げかける声も響いていたのですが、それはとても小さく、強迫観念による行動を抑制できるほどの力は持ちえませんでした。
「今日は友達とどこそこへ行った」
「恋人とこんな会話を交わした」
しなくてもいいような報告を自慢げに語るのは“自分だって負けてはいない”というアピールなのでした。
“あなたがたのしているようなことならわたしにだってできます”と不敵に主張するとともに“わたしだけが特別劣っているわけではないんだよ”と自己暗示をかけていたのでした。
blogにmixiに、友人や恋人との仲睦まじい姿を見せつける日記を、諸先輩方と同じくらいの数だけ公開できたら、自分は彼らに追いつくことができるとでも信じていたのでしょうか。
だからわたしの更新頻度を上回るペースで交遊を語る記事が掲載されるのを歓迎しなかったのです。
少しの間だけでいいから待っていて欲しかったのです。
あなたと肩を並べることのできるその日まで――。
いずれにせよ、身勝手で図々しいお願いであることに変わりはありません。
わたしはどこまでも自己中心的だったのです。
分不相応な大金を手にした者が身を滅ぼすように、場違いを自覚しながらその場に留まり続ける行いも人を不幸にするのかもしれません。
浮いている気配を感じ取ったのなら、無理にそこにいようとする必要はなかったのに。
創作活動を行っているのは彼らだけではないのですから、探せばもっと自分と相性のいい仲間を見つけられたことでしょう。
けれども刷り込みでもあったのか、最初に出会ったweb作家さんの所属する文芸サロン……そこだけが世界のすべてであり、そこに自分の居場所を確保しなければならない、という呪縛に囚われて身動きが取れなくなってしまったのです。
こうした思い込みを内側から打ち破るのは至難の業。
ですが外側からなら案外あっさりなくせたりするものです。
わたしが親友と呼んでいる人にでも思いの丈を打ち明けて受け止めてもらっていたのなら、苦しまないで済んだのかな。
唯一といってもいいわたしの理解者。
わたし以上にわたしのことを知っている人。
わたしが恋人を作ったとき、やつからあまゆいを取り返したいと言ってくれたのが嬉しかった。

2012.01.19
くまもうさぎも好きだから
こちらが前回話題に取り上げた日記帳の1ページ(部分)です。

自らへの戒めの気持ちを込めてblogに掲載します。
でも恥ずかしいのでサムネイル表記。
イラストを描き加えたらだいぶバランスが取れたような気もするけれど、まだ不満は残ります。
実のところこの位置にこのシールを貼ったのは誤字を隠すためだったり……。
ちなみに「あなあやうし」は「アッ!! ピンチ」を古語訳したものです。
それと訂正があります。
本文中に「A4サイズのノート」という表記がありましたが、正しくは「A5サイズのノート」です。
どうやらタイピングミスをしてしまったようです。
大変失礼いたしました。
読者様の混乱を招いたことをお詫び申し上げます。
わたしはくまも好きだけれどうさぎも好きです。
(リラックマ以外の)くまさんとうさぎさんのぬいぐるみがあったとして、「どちらか1つあげるよ」と言われたなら、きっとうさぎさんを選ぶでしょう。
迷ったらうさぎ、と決めているのです。
まんまるでない耳のくまにはそこまで惹かれないので。
それよりかはミニーちゃんの次に仲良しだったうさぎのぬいぐるみに親しみを感じます。
san-xのキャラクターにSentimental Circusが、PetWorksのドールにうさぎぃが初登場したときは欣喜雀躍したものです。
まあ、うさぎに限った話ではないのですけれど。
新作が発表されるたびに胸を高鳴らせ、商品が発売されるのを心待ちにしては、際限なくコレクションを増やしてしまいます。
顕著なのはお人形です。
おでこちゃんに始まって、ニッキ、うさぎぃ、ジョシィ、プーリップ、ダル、テヤン、イスル、J-Doll、MISAKI、そしてmomoko。
彼女たちはほんとうに仲間を呼びます。次々に世界を広げたくなるのです。
まんまと企業の策略に乗せられているなあという自覚はあってもやめられないのですよね。
しかしながら、リラックマやおでこちゃんが大好きなはずのわたしが他のキャラクターに目移りしたからといってその分クマたちを好きな気持ちが減ってしまうわけではありません。
当のリラックマだって、好物はオムライスやホットケーキやおだんごという設定なのに、最近ではシリーズごとにはちみつやら卵かけご飯やらチョコレートやらハンバーガーやらをおいしそうに頬張っている姿が描かれます。
一方で、絵本や4クママンガの食事の場面に出てくるのは基本に忠実なメニューがほとんどです。
卵かけご飯を喜ぶ気持ちがオムライスを好きな気持ちを上書きしてしまうことにはならなかったのです。
新しい(食の)楽しみを見つけても、以前から好きだったものは変わらず好きなまま。
この事実は何にでも当てはまるのではないでしょうか。
――あまゆいの小説を好きだとおっしゃってくださった方が別の場所で別の作者さんを応援しているのを見かけたからといって悲しむことはないのです。
わたしだってひとりの作家の作品ばかりを読んでいるわけではないのですから。
それを不貞と呼ぶのなら世の中どれだけ窮屈なのでしょう。
何かを好きになる気持ちに容量制限はありません。
上書きではなく、新規作成。
読者様に新しいお気に入りができたからといって、自分の作品が2度と顧みられなくなるとは限らないのです。
そりゃあ、ね。
人の心は移り変わりますから、時間が経つにつれて飽きてくるということもあるでしょうけれど、にわかに興味をなくして離れていってしまうのは稀なケースだと思います。
ひとたび読み始めた小説ならばせめて完結までは見届けてやろうと、惰性からでも見守り続けてくださる可能性のほうがずっと高いのではないでしょうか。
たとえわずかな間でも面白いと感じてくださっていたのなら。
だからむやみに不安がらなくてもいいんだよ……と自分自身に懸命に言い聞かせています。
わたしは友人知人のweb日記に自分以外の人物の名前が挙がるたびに妬いてしまうほど子どもっぽい独占欲の持ち主なのですよ。
語られているのが書き手の恋人や伴侶だったらせいぜい「のろけてくれちゃって」と舌打ちするくらいなのですが、自分と同性の人物だと変に対抗意識を持ってしまうというか、危機感や焦燥感を覚えるのです。
その人に友達を取られてしまうのではないかって。
おまえはいくつだ、という声が聞こえてきそうですね。
まあ、ぬいぐるみだの人形だのをいつまでも手放せないところから察してやってください。
恋人の浮気を想像したときに抱く感情は“親に捨てられる恐怖”に近いものだけれど、友人の交友関係に向けるのは混じりっけなしの純粋な嫉妬です。
わたし以外の子と仲良くしないで――という身勝手極まりない感情の迸り。
こんな厄介な性格の人間と付き合うのは嫌ですよね。わたしも嫌です。
変わりたいなあ。
苦しくなったら親友の言葉を思い出します。
今年の年賀状にも添えられていた宝物のようなメッセージ。
あえてここには書きませんが――。
自分を心から好いて、必要としてくれている人がいるのを忘れてはなりません。
わたしはもっと他者を信じなくてはなりません。
シャッポとうさぎの着ぐるみ姿のコリラックマはとてもよく似ています。

ほらね。双子みたいでしょう。
どちらも「本物のうさぎ」ではないことも共通しています。
いつだったか、ゲームセンター前に等身大のシャッポのぬいぐるみが鎮座していたことがありました。
そのときの同行者に「あれ何? コリラックマ?」と尋ねられました。
興味のない方にとってはどのキャラクターも同じに見えるそうですよね。

2012.01.18
美術の成績は3
新春のご挨拶をした折にもお話ししましたが、今年はblogのほかにプライベートでも日記をつけることにしました。
家計簿とは異なりこちらは手書きです。
日記帳は市販されている専用のものではなく、アランジアロンゾのA5サイズのノートを用意しました。
30枚綴りのため1冊1冊はすぐ使いきってしまうだろうけれど、キャラバン会場でうさぎさん柄のを全種類揃えたので今年1年分くらいは保つかなあと。
罫線が引かれていない無地のノートです。
文章を書く元気のない日には、リラックマのシールをぽつんと貼ってふきだしの中に一言添えて気持ちを代弁してもらうなど、いろいろと工夫のしがいがありそうだなあと思ってこのタイプを選びました。
紙質が厚めでコラージュにも向いていそうでしたしね。
シールやステッカーはもちろん、気分次第で写真や雑誌の切り抜きなども貼りつけて、カラフルで楽しい日記帳にしようとわくわくしていました。
ところがわたしは――わたしは、自分自身のデザインセンスのなさをあなどっていたのです。
記念すべき1ページ目となる2012月元旦の記事、早速失敗してしまいました。
使用したいシールと構図は予め決めておいたはずなのですが、実際に貼ってみると何か違うような気がして調整を繰り返していたら取り返しのつかないことになりました。
さすがに25枚は貼りすぎですよね……。小学生か!
Loftのシールコーナーに置いてあった見本を参考にして、可愛らしくデコレーションしようと思っていたのですが。
頭で考えるのと実際に手を動かしてみるのとでは全然違うのですね。
日付を書き込む位置も間違えました。
これさえなければまだ何とかなったかもしれないのに。
絶妙にださいです。
そしてその古くささ、垢抜けなさが、またいかにもわたしらしいと思えるのが心底悔しい。
意識してできるワザではありません。
1枚1枚のシールのデザイン性をここまで台無しにできるのもある種の才能かもしれません。
ノートを開くたびに溜め息が出て気分が重くなります。
こんなことなら使いさしの古いノートに下書きをして完璧に構図を決めてから新品のノートに清書すればよかったなと後悔しています。
1ページ目を破り捨てることを何度も真剣に検討しました。
でもお気に入りのリラックマのシールを使ってしまったのでそれを無駄にするのもしのびなくて。
年始の挨拶の「あけまして~」とかけて、居眠り中のリラックマの背中のファスナーをコリラックマが開けようとしている場面の絵を持ってきたのです。
あ。シール部分を切り抜いて再利用するという手がありましたね……。
どうしよう。
ともあれ、再びどこかでアランジキャラバンに巡り会えたら同じ柄のノートを購入するつもりです。
そして次こそ納得のいくレイアウトに仕上げます。
それまでに在庫が残っているといいのだけれど。
仕方がないので、この日記帳はデザイン練習帳を兼ねることにします。
初めのほうは見るに耐えないほど技術が未熟でも、経験を重ねていくうちにコツを掴んでセンスを磨いていけたら上等ではないかな、と自分に言い聞かせます。
下手くそなデザインも、きっと時間が経てば微笑ましく感じられるようになるよ。
ただ、わたしがおそれているのは、何らかの理由によってこのノートが他者の目に触れてしまうことです。
文章ならいくらでも読んでいただいてかまわないのです。
心情を一切語らずできごとのみを淡々と記してあるだけですから面白くはないでしょうが。
blogの更新履歴も残しているのでそれに興味を持たれたらちょっぴり困ってしまいますけどね。
問題は、ビジュアルです。
わたしの友人知人は美的感覚に優れている人が多いのでなおさら意識してしまうのです。
手帳を覗かれたとき「ださい」と言われ……
パフェの写真を撮ろうとして位置を調節していたら「センスないなあ」と呆れられ……
ふとした瞬間によみがえる過去の記憶、当時受けたショックを思い出して苦しくなってしまうのです。
この日記帳を見られたらまた何か言われるのではないかとびくびくしてしまうのです。
誤解なきよう申し上げておきますが、彼らのことは大好きなのですよ。
少々口が悪いところもあるけれど、優しくて、面倒見がよくて。
だからもっと信じられればいいのに。
彼らにわたしを傷つけるつもりがないことを信じられればいいのに。
心配なら厳重に管理して隠しておけばいいのですよね。
小説の構想を書き留めた、あるいはカウンセリングで話す内容をまとめたノートをそうしているように。
でもなぜかこの日記帳だけは発見されるのを避けられない運命にあるように感じるのです。
昔そうしていたように、本文の執筆にカラーペンを使用していないのがせめてもの救いかな……。
長期間保存することを考慮したら万年筆で記入するのが望ましい。
ですが自分の字の下手さが気になって何度も書き直しをしたくなるので、今のところ長めの文章は鉛筆書きにしてあります。
見栄えがよくないのは文字が薄くて小さいせいもあるかもしれません。
もうしばらく時間をおいて気持ちが落ち着いたら清書しましょう。
今は心が乱れていてどんな行動にも悔恨がつきまといそうなので。
今年は辰年。
干支になぞらえた抱負を掲げるならば、登竜門。
“何度押し流されようといつかこの河を登りきり竜となろう――”
あがく姿がどれだけ滑稽であろうとも。

2012.01.13
家計簿つけていますか?
本日は「PS 今度こそ買いました」のタイトルで、しらかばのおでこちゃんPSの写真を掲載しようかと思ったのですが、お人形を取り出す気分ではなかったため別の記事をお送りします。
みなさんは家計簿をどんなふうにつけていますか?
ノートを用意して手書きで記入していますか、それともパソコンで管理していますか?
わたしは後者、フリーの家計簿ソフトを愛用しています。
支出入の合計金額や残高などを自動で計算してくれるためミスをする心配がなく、とても便利です。
記入漏れに気づいたときも修正がらくちんですしね。
おまけにスケジュールや日記を書き込める機能までついているのです。
日々の記録を綴るにはこのソフト1つあればOK! というスグレモノ。
肝心の家計簿の機能のユーザビリティですが、食費や衣料費などの大まかな分類だけでなく、食費→〔内訳〕野菜→〔品名〕にんじんのように詳細に記入できるところが気に入っています。
なにせレシートの内容を丸ごと写さないと気が済まないたちなものですから(笑)
野菜だったら産地、調味料だったらメーカー名も書き添えておきます。
各店に並べられている商品の品質や値段を把握しておけば節約生活に役立てられるのではないかな、と思って。
品名については自分で追加できる他、デフォルトでもあらかじめ何種類か登録されているのですが、妙に内容が偏っているんですよね。
じゃがいも、さといも、やまいも、ながいも……と、なぜか芋類がやたらと充実していたり。
やまいもとながいも、厳密には品種が違うのだろうけれど帳簿上で分ける必要があるのかしらという疑問が頭から離れません。
わたしもとろろご飯が好きでたまにやまいもを買ってきますがそこまでのこだわりはありませんよ。
そのくせさつまいもがなかったり。
制作者の好みでしょうかね。
あと調味料の項目に「中華味」というざっくりとした分類以外にトウバンジャン、コチジャン、テイメイジャンと、マニアックな品名が連ねられていましたが、たぶんそれらを記入する機会は当面訪れないでしょう。
支出の内訳で、無視できないほど大きな割合を占めている教養・娯楽費。
書籍、人形、リラックマなどがここに分類されます。
今年はこれらに割り当てられる出費を少しずつでも抑える努力をしていきたいです。
クマについてはあらかた満足して以前ほど熱心にグッズを集めていないので、目下の課題はドール関係に絞られるでしょうか。
PW-momokoさんの誘惑に屈して彼女たちの手を取るようになってからえらいことになっているので。
それでも購入していいのは1つのシリーズにつき1種類まで、と制限しているのですよ。
たとえば、CCS-momoko 11AW Home「パンジー」さんの実物の予想外の美しさに魅入られて、迷いに迷った末に彼女をお迎えしてしまったがため、本命だったはずの「コスモス」さんを泣く泣く諦めた、とか。
正直なところまだ未練が残っていてファンblogなどで写真を拝見するたびに悶えているのですが。
でも赤毛のボブならきっとこの先もっと好みの仕様の子が出るはず、と信じて乗り切ろうとしています。
今は試練のときなのです。
うん。
収集を趣味にできるような環境の整っていない自分が、余所様の真似をしてあれもこれもとコレクションを増やすのには限界があると思うのですよね。
こんな生活を長く続けられるはずもない。
いつかは卒業しなければならない日がやって来るでしょう。
とはいえわたしにはカスタムドールを身の回りいっぱいに並べることで心のバランスを取っている部分もあるので、いきなり断ち切ると妙な具合にしこりが残ってしまいそうです。
距離を置くとしても1歩ずつ……。
もうしばらくは、気に入った子と出会ったらお迎えするのをある程度まで許容するつもりです。
そして既製品のお人形に既製品の衣装を着せ替えるだけの遊び方から「これは自己表現の手段です」と胸を張って言えるような創造的な趣味へと発展させていく努力もしたいです。
でこニキはともかく、Today's以外のmomokoさんたちはデフォルトの仕様がデザインとして完成されているのでそれを崩したくない、という気持ちもあるのですけれどね。
とりあえず玩具に関しては、冷静になってから「なぜコレを買ってしまったのだろう?」と首を傾げてしまうようなモノを増やさないようにしたいです。
こういうのとか。

「懐かしい!」と声を上げた方は筆者と同世代です。
おめでとうございます。
友達はこれを屋台のくじ引きで引き当てたのだけれど、残念ながらわたしは運に恵まれず。
しかし、後日近所の駄菓子屋さんで見つけて嬉々として購入したのです。
当時は欲しくてたまらなかったのだけれど、今にして思えばなぜそこまで欲しかったのかわかりません。
この十数年間、見るたびにモヤモヤして、わたしを悩ませ続けています。
せいぜい「虹色が綺麗だったから」とかそんな理由かしら。
あとびよよ~んとするところに惹かれたのですよ。びよよ~んと。

用途不明のこの物体、ペン立てにしてみたりメモ用紙を挟んでみたり、無理やり役立てようともしましたが、どれもいまいち半端な性能しか発揮してくれません。
意地でも活用してやろうと引っ越し先にまで持ってきているというのに。
いらないモノなら処分してしまえばいいだろうとおっしゃいますか。
ところが、おバカで愛しい小学生だったころの思い出と深く結びついているものだから、捨てるに捨てられないのですよ。
きっとだれでも1つくらいはこんな品を持っているものですよね。
……ね?

2012.01.11
【ひよメモ】王道をゆく
両親不在の家で血の繋がらない姉妹と同居している。
思えば箱船くんはラブコメの主人公のような環境に置かれているのですね。
作者の心の奥底に潜む願望がそうさせるのか、うっかりするとすぐ自作品の主役をモテモテのハーレム状態にしてしまいます。
さしずめシトラス元皇女は「転校生の美少女」の枠に入るのでしょうか。
ここへ「幼なじみ」が登場すれば完璧な布陣となりますね。
さてつい先日、箱船くんには別れた恋人がいることが判明したわけですが――読者様のご期待を裏切るようで大変心苦しいのですがこの女性は該当しません。
今後設定を変更する予定もありません。
彼女は主人公の幼なじみではない、これは個人的なこだわりとして譲れない部分なのです。
小説を読んでいて「昔の恋人」という単語を見かけると、どきりとしてしまいます。
登場人物にそんな相手がいたと想像するだけで物語が艶っぽさを帯びるように感じるのです。
大人の世界を垣間見てしまった、みたいな。
しかし「幼なじみ」となるとまた印象が違ってきてしまうのですよね。
初恋の人だったけれど想いを告げることができないまま月日が流れて互いに別々の人生を歩み出した、なんて青春映画のように甘酸っぱくも切ない関係ならそれはそれで叙情的で美しいなと思うけれど、交際していたとなると、そしてその相手と再会してしまうと、物語の展開がややこしくなりそうで……。
年頃になってから出会った恋人よりも結びつきが強そうじゃないですか。
残念ながらわたしにそんな相手はいなかったので実際のところどうなのかはわかりませんけれど。
自分が抱いたことのない感情を主観的に描くのは難しいものですよね。
はあ……。
幼なじみってどんな存在なんだろう。自分の心の中でどんな位置を占めている人なんだろう。
いくら求めても焦がれても二度と手にすることはできない、永遠の憧れです……。
――とはいえ作者のように過疎化の進む農村部の出身ならまだしも、ある程度人口密度の高い都市で生まれ育ったこどもに幼なじみに相当する人物が一人もいないのも不自然な話です。
せめて姉妹のどちらかには物心ついて間もないころから付き合いのある子がいてもおかしくないのではないか、という考えから新しいキャラクターが誕生しました。
少女にしたかったのでエレナの関係者にしました。
ただし二人の関係は険悪、とまではいかないものの、良好とはいえません。
一般的に「幼なじみ」といえば「幼いころ仲の良かった子」を指すのでしょうけれど、彼女たちの場合はどう表現すべきでしょうか。
ライバル同士……というか相手がエレナに一方的に対抗意識を燃やして意地悪を仕掛けてくるのです。
同じ年に生まれ、同じ孤児院に預けられ、同じくらいの時期に各家庭に引き取られていった少女たち。
一人は街角の小さな菓子屋へ、一人は裕福な商家へ。
彼女の名を、仮にパリーチェとしましょう。
「アリス→アリーチェ」の変形を参考に「パリス」を無理やりイタリア名っぽく読み替えたものです。
ギリシア神話のヘレネゆかりの人物、そしてお金持ちのお嬢様ということで(笑)この名前を選びました。
綴りからしたら本来は「エリス→エリーザ、エリーゼ」の分類になるのでしょうが響きがしっくりこなかったのでどうか大目に見てやってください。
街一番の仕立て屋に特別注文したドレスや高価な宝石のちりばめられた装飾品を身につけて、たいそう立派な馬車に乗り、供の者たちにかしずかれ、お姫様のような暮らしを送っているパリーチェ。
境遇からしたら彼女のほうがよほど恵まれているように見えるのに……?
エレナ関連の設定も一昔前の少女漫画みたいですね。
ちなみに、お菓子屋さんの先代店主である、主人公たちの義理の両親ですが。
初期設定ではすでに鬼籍に入っていることにされていましたが、健在している可能性が高まりました。
今どこで何をしているかは作品内で語る機会があるでしょう。
本人たちを登場させるのと、会話の中だけにとどめておくのと、どちらがいいかなあ。

2012.01.10
【ひよメモ】清楚にして苛烈
PW-momoko ae <You>デザインコンテストの結果が発表されました。
「あなたが考えたmomoko DOLLを量産化します」という謳い文句のもとに立ち上げられたこの企画。
最終選考に残った三作品のうち、見事得票数一位を獲得されたのはK.S.さま原案「Black & Brown」さんですか!
あまゆいも投票くらいは参加したいと思っていたのですが、どの子にしようか迷っているうちに締め切りを過ぎてしまって。
他二点の候補、Titさま原案「BWワンピース」さんもPrincess Peachさま原案「Cherry Blossom」さんも、それぞれ個性的でとても可愛かったのですよ。
特に「BWワンピース」さんの、前髪の一部を三つ編みにしてゆるふわなヘアスタイルにアクセントをつけるというデザインは斬新でしたね。
このアイディアお借りしたいなあ。
わたしがイメージしているのは三つ編みカチューシャの変形といいましょうか、後ろと同じくらいの長さに伸ばした前髪を真ん中で分けて両サイドで編み込んでお下げを作るというもの。
完成形のシルエットはだいぶ違うと思うので、いいかな。ね、いいかな?
髪をほどいたときに、CCS-momoko 12NY Home「ガーネット」さんの髪型のワッフル部分とストレート部分の逆ver.になるような感じです。
似合うとしたらお菓子屋さん兄妹の長女、ラスティかな。
ラスティのモデルはラ・スペコラ博物館に所蔵されている人体解剖模型のお嬢様がたなのですが、あの眠り姫たちの三つ編みと重ね合わせてみたらどうかしら、と考えているのですよ。
“錆猫”ラスティと“灰かぶり”アッシュ。
この二人は思うところあってキャラクターデザインを似せています。
優しげな眼差しと穏やかな話し方から、初対面ではおとなしい印象を受けるのだけれど、親睦していくうちにその意志の強さに気づかされてハッとする、そんな女性をイメージしています。
年齢相応の控えめな髪型に落ち着いた服装。
内面から醸し出される雰囲気が近いせいか、見た目まで似通ってきてしまうのですよね。
ラスティに関して言えばこのたびの仕様変更案により「控えめな髪型……?」と疑問符がついてしまったかもしれませんが。
いっそのこと服装も、勤め先の骨董品屋に見合うようアンティーク調のドレスにしてしまいましょうか。
ともすれば忘れてしまいがちですが、彼女だとて〈奇人街〉の住人なのです。
そのくらいの格好をしないでどうするのですか。
一方アッシュですが、〈禁書塔〉の番人の乳姉妹とはいえ身分は平民。
侍女よりもお付きの女中という立場のほうがふさわしいかもしれません。
そして服装もメイド服に……!
お淑やかなお姉様キャラであるはずの二人がまさかのコスプレ要員の候補に昇格(?)しました。
錆びついてボロボロになったアンティークドールのような甘ロリさんと若白髪のメイドさん。
はたして需要はあるのでしょうか。あるとしたら相当マニアックな好みですね。
媚びているのか萌えを排除したいのかわからないスタンスですみません。
あ、でも前者はロリィタファッションのジャンルとしてあってもおかしくないかもしれませんね。
滅びの美学というか、退廃的な芸術表現の一つとして成立しそう。
今度お友達のロリィタさんに尋ねてみよう!




